メニューをAIで多言語化する前に。訳す側より、訳される日本語を直す
お客さまは店が訳さなくても自分で翻訳アプリを使っています。観光庁の調査では、多言語表示に困った人の57%がICTツールで対応していました。だからAI翻訳で先に直すべきは原文のほうです。アレルゲン表記を中心に、出す前の確認手順を消費者庁の資料から整理しました。
生成AIにメニューを放り込めば、英語と中国語と韓国語がすぐ出てきます。印刷して卓上に置くところまで、半日あれば終わります。
ただ、出来上がったものを誰が確かめるのか、という問題が残ります。訳文の良し悪しは、訳せない言語では判断できません。確かめられるのは日本語の側だけです。そこから逆算すると、やるべき作業の順番が変わります。
客は、店が訳さなくても自分で訳している
観光庁が令和7年度に行った「訪日外国人旅行者の受入環境に関する調査」(調査期間 令和7年11月18日〜令和8年1月13日、回答4,110件)の結果です。
- 「施設等のスタッフとのコミュニケーション」に困った人が15.4%。困った場所は「飲食店」が38%で最多。困ったときは「ICTツールを利用」が68%
- 「多言語表示の少なさ・わかりにくさ」に困った人が10.9%。地方部では困った場所の最多が「飲食店」で23%。困ったときは「ICTツールを利用」が57%
つまり、店が多言語メニューを置いていなくても、お客さまの多くはその場でカメラを向けて翻訳しています。店が用意しないという選択は「訳されない」ことを意味しません。「店の手を離れたところで訳される」ことを意味します。
ここが出発点です。多言語メニューを作る目的は「訳すこと」ではなく、どちらの経路で訳されても意味が壊れない日本語を置くことになります。
まず日本語の表記を揃える
消費者庁のアレルギー表示の資料には、代替表記という考え方が出てきます。
例えば、「卵」であれば、「玉子」や「たまご」の表示をもって、「卵を含む」の表示を省略することができます。
日本語のメニューでは、同じ食材が「卵」「玉子」「たまご」と混ざるのが普通です。人は同じものだと分かりますが、機械翻訳に通したとき、どれが同じ食材を指すのかという情報は訳文に残りません。アレルゲンで絞り込みたい人にとって、これは実害になります。
やることは単純です。AIに渡す前に、食材名の表記を1つに決めて置き換える。 卵か玉子かを決める、豚肉と豚、海老とエビを揃える。この作業はAIに任せられます(置換の候補を出させる)が、どれを正にするかは人が決めます。
同じ理屈は料理名にもあります。「当店自慢の」「秘伝の」のような修飾は、訳すと意味を持たない語の羅列になりがちです。ChatGPTで投稿文を作るときに直す5点と同じで、削ってから渡すほうが結果がよくなります。
アレルゲンは、外食では表示が義務づけられていない
ここが一番注意の要る部分です。消費者庁はこう書いています。
容器包装された加工食品について、当該特定原材料を含む旨の表示を義務付けています。
義務の対象は容器包装された加工食品です。店内で調理して出す料理のメニューは、ここに入りません。消費者庁が外食・中食の事業者向けに、動画教材やパンフレットで情報提供を働きかけているのは、義務ではないからです。
義務ではない、ということは誤りを止める仕組みも外にないということです。包装された食品なら、表示のルールが誤記を弾きます。メニューにはそれがありません。AIが出した訳文のアレルゲン欄が間違っていても、誰も差し戻しません。
だからアレルゲンの記述は、AIに訳させる対象から外すのが現実的です。 食材名を並べるのではなく、特定原材料の一覧をピクトグラムや記号で示し、詳細は口頭で確認してもらう形にする。記号なら訳す必要がありません。
義務の範囲は動いている。2026年4月に9品目になった
もう1つ。日本語の原文自体が古くなっている可能性があります。特定原材料は固定ではありません。
| 時期 | 変更 |
|---|---|
| 2023年3月9日 | くるみを特定原材料に追加 |
| 2024年3月28日 | 準ずるものにマカダミアナッツを追加、まつたけを削除 |
| 2026年4月1日 | カシューナッツを特定原材料に追加 |
令和8年4月時点の特定原材料は、えび・カシューナッツ・かに・くるみ・小麦・そば・卵・乳・落花生の9品目です。準ずるもの(推奨)が20品目あります。
数年前に作った英語メニューを持っている店は、カシューナッツとくるみが抜けている可能性があります。 同じ資料に載っている即時型症例の原因食物の内訳(令和6年度調査、N=6,033)では、くるみが15.2%で鶏卵に次ぐ2位、カシューナッツが4.6%です。抜けていると影響の大きい2品目です。
翻訳の前に、日本語のメニューがいつ作られたかを確認してください。
「入っているかもしれません」とは書けない
書き方の線も引かれています。同じ資料に、こうあります。
「入っているかもしれない」といった単なる可能性表示は認められていません。
これは包装された加工食品に向けたルールですが、書き方の基準としてはここを見るのが早いです。調理場で混入の可能性があるなら、可能性をぼかすのではなく、どういう状況で混入しうるかを書く。消費者庁は包装食品について「本品製造工場では○○を含む製品を生産しています」という注意喚起の例を示しています。
AIに「アレルギーに配慮した注意書きを英語で」と頼むと、だいたい曖昧な免責文が返ってきます。それは訳文が悪いのではなく、日本語の原文がまだ決まっていないからです。何を担保して何を担保しないのかは、店が決めることです。
なお消費者庁は2026年9月30日から、外食・中食事業者における食物アレルギーの情報提供に関する実態調査のアンケートを行っています(回答締切 2026年10月29日)。自店の現状を整理する機会として使えます。
出す前の確認手順
- 日本語のメニューがいつ作られたか確認する(特定原材料は2026年4月に9品目になった)
- 食材名の表記を1つに揃える(卵/玉子/たまごを決める)
- 訳さなくても通じる修飾語を削る
- アレルゲンは文章にせず、記号・一覧で示す。訳す対象から外す
- 可能性をぼかす免責文を入れない
- 価格・税込か税別・提供時間帯など数字と条件は人が入れる
- 写真を添える場合、実物と違うものを使わない(AIで画像を作るときの注意)
- 出来上がった多言語メニューは、Googleビジネスプロフィールのメニュー機能にも反映する
まとめ
- 多言語表示に困った人の57%、スタッフとの会話に困った人の68%が、その場でICTツールを使って対応している。店が訳さなくても訳される
- だから整える対象は訳文より原文。食材名の表記揺れを先に潰す
- 外食のメニューにアレルゲン表示の義務はない。誤りを弾く仕組みも外にないので、アレルゲンはAI翻訳に通さず記号で示す
- 特定原材料は2026年4月にカシューナッツが入って9品目。古い英語メニューは抜けている可能性がある
- 「入っているかもしれない」式の可能性表示は、表示のルールでは認められていない。曖昧な免責文は原文が未決定のしるし
翻訳は最後の工程です。先に日本語を直してください。
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参照した一次情報
- https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001998583.pdf
- https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_sanitation/allergy/
- https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_sanitation/allergy/assets/food_labeling_cms204_260401_01.pdf
- https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_sanitation/allergy/efforts
本記事は一般的な傾向と公開情報にもとづく解説です。制度・仕様は変更されることがあるため、実際の手続きや設定の際は必ず一次情報をご確認ください。